エコー・ポンデザール・ウェルダン

朝。起床。洗濯物を干してから車で外出。夏に入院する予定の病院へ妻の定期検診についていく。昼前の時間帯はとても混んでいるかもしれないと聞いていたものの、待合室には思ったほど人がおらず、受付をしてから10分くらいで診察室に通される。早口で滑らかにしゃべり続ける医者の解説を聞きながら黒いモニターを見ると、映し出された胎児の姿はもうだいぶまっとうな人型をしていて、楕円形の頭蓋骨やきれいに並んだ背骨や抱えるように折り曲げている足の大腿骨が白くはっきり映っていて体の真ん中には心臓や肺が真っ暗な影になってはっきりと見える。「性別はどうするの?」と医者に聞かれて「いいです」と答えると、「ちゃんとどっちも考えておくんだよぅ」とまっとうなアドバイスをいただく。医者曰く、モニターに映るネガポジの反転した子どもの成長はいたって順調で、母体の体重が少し増えすぎていることだけがちょっと気になる、ということだった。「節制しなせぃ」と言われて診察は終了。次回はまた4週間後らしい。戻って会計を待つあいだに待合室にいた自分らと同世代か少し年下の夫婦は、布にくるまれた小さな赤ん坊を抱いていて、母親と受付の人との会話を横から話を盗み聞いていたら「一週間検診」という単語が聞こえてきた。少し考えれば当たり前なのかもしれないけれど、産後一週間でも母親のおなかはまだだいぶ大きいままらしいことを今日はじめて知った。生後一週間のその子供は母親に抱かれたまま目をつむってずっと寝ている。
思いのほか診察が早く終わり約束の時間まで大分余裕が出来たので、伊勢丹まで行って靴を買い、妻が見つけた催事場でパンを買う。
ずいぶん前のことだけれど、自分が毎日通っていた高校の学食のとなりの購買でパンを売っていたのが市内にあるポンデザールというパン屋で、確か自分たちは「ポンデ」と呼んでいた。ヤマザキとかパスコとかそういう企業のパンではなくて、普通のパン屋のぱんだったからいろいろな種類があったうえにだいたい普通においしくて、生徒からは結構人気があったと思う。自分も含めて多くの生徒が昼休みが始まると同時に教室からダッシュして先を争うように購買に詰めかけてポンデのパンを買っていた。当時は4階建ての校舎の最上階が1年生の教室で、学年が上がるにつれて教室の階がひとつずつ下がっていったから、上級生のほうがどうしたって有利で、高校に入ったばかりの頃、上級生がカウンターに詰め寄って口々に「おばちゃん!おばちゃん!」と叫びながら握りしめた小銭を目当てのおばちゃんの顔の前に突きつけて「クリーム!」とか「コロッケ!」とか、自分が欲しいパンの名前を連呼している光景をはじめて見た時は「絶対無理だ」と思ったけれど、そのうちいつの間にか自分もその群れに肩をねじ込みながら突っ込んでいけるようになっていた。市内の店舗がどこにあるのかも知らなかったけれど、毎日のように自分はポンデのパンを食べていて、「ポンデザール」というのがフランスに実際にある橋の名前だということもその頃に覚えた。
とにかくそのポンデザールが何年か前にテレビ番組に出て有名になって、最近ではいろいろなデパートの催事に出店するようになっていて、今日行った伊勢丹でも「パンとスイーツ祭り」みたいな催しで店を出していて、いつもは通り過ぎてしまうのだけれどなぜだか今日はひさしぶりに見てみようと思って近づいてみたのだった。ワゴンに並べられたいろいろなパンは、新作なのか忘れてしまったのか、ほとんど見覚えのないものだったけれど、「スクランブル」というパンだけは当時の記憶と同じカタチ同じ名前で並んでいたので、すこしうれしくなって妻に頼んで買ってもらう。あと、ほかの店のおいしそうなパンもいくつか選んで買う。
2時前、病院の近くまで戻って横浜うかい亭。カウンター席でイカと菜の花のレモン風味の前菜、竹の子の焼き物、太刀魚のミツバ蒸し、サーロインステーキ、ご飯、味噌汁、ラウンジでコーヒーといちごのクレームダンジュ、チョコレートとオレンジのハーモニー。書きながらもうなんだかよくわからないけれど、どれもおいしい。特にイカのやつとよく焼いてもらった牛肉が抜群においしい。
満足して店を出て、帰り道に図書館に寄ってみる。子供の本のコーナーに欲しかった光村ライブラリーが揃っているのを見つけて立ち読み。木龍うるしを読みはじめると小学校の昼休みの校内放送で聞いていた朗読テープの声の記憶が活字と一緒によみがえってくる。家と子供の本をいくつか借りて帰宅。満足の一日。