彼とバイク

手塚治虫の「三つ目がとおる」という漫画があった。主人公の写楽保介の額にはバツの字型に絆創膏が貼ってあった。三つ目族の子孫で不思議な力を持つ彼は、絆創膏で自らの額にある第三の目を隠すことで、自分が本来もつ強大な力を封印し、普段は弱虫のいじめられっ子キャラとして人間の世界で普通に暮らしていたのだった。そういう漫画だった。
彼は普段バイクに乗ってる。彼にとってバイクは今や欠かすことの出来ない移動手段になっている。そしてつい最近まで、彼は自分の財布から毎月決まった金額を会社に支払っていた。最近になってようやく支払わなくてよくなったようで、バイクはようやく彼のものになったということになる。そんな彼のバイクのシートには補修の跡があり、ちいさな黒いテープが貼ってある。もちろん僕は、そのテープが彼の第三の目を隠す絆創膏だとは思っていないし、そのテープをはがした途端、封印されていた彼の力が開放され、ワイルドで強い彼になるとも思っていない。彼はただの人間だし。仮にそのテープが第三の目を隠しているものだったとしても、隠しているのはバイクの第三の目であり、開放されるのはバイクの持つ力だ。しかしバイクには、第一の目すらない。
彼は毎日バイクに乗り、バイクも毎日彼のヒップの下敷きになることを快く許している。決して封印をといたりしなくても、十分力を発揮して、彼の操縦に従い、毎日彼を運んでいる。