家について鍋とか

朝焼け

朝、早起きしてから二度寝。午前中に床屋。合間のマッサージ中「肩コリコリですね」と言われる。肩こりがどういう状態をさすのか、ずっとわからないまま今日まで生きてきていたので、その突然の宣告に驚いて「肩コリコリですか?」と思わずそのまま聞き返してしまう。肩こりだった。
そのまま近所のケーキ屋に寄って今日の手みやげにロールケーキを買う。プレーンを1本。
部屋に帰って昼食後、午後外出。紀伊国屋書店に来月のトークショウのチケットを買いに行くものの、受付は明後日から、しかも電話予約も可とのこと。素直に従う。電車で移動。
駅前のブックオフで友達発見。挨拶もそこそこにお互い別々に店内を物色。戸井田道三『忘れの構造』ちくま文庫。タイトルに惹かれて購入、300円。というか早く待ってくれている人のところへ行け。迷いながら先生の家へ。先生なんて呼んだことないのだけれど。
家を見つけておそるおそるチャイムを鳴らす。先生はひとりでモツ鍋の仕度を済ませて待ってくれた。いきなり感激、慌てて準備を手伝う。そのうちにもうひとりの客人も到着、4人で宴会がはじまる。
初めて訪れるその家は、木製の枠に板ガラス窓、木の柱に砂壁、梁の上には欄間もあった。居間でくつろいでいる時に思わず窓を蹴っ飛ばしてしまったりすると窓全体が「ザァーン」と鳴る。
空いたお酒の瓶が何本か並んだ頃、先生がお三味線が出してきてくれる。弾けないもんどもが見様見真似で弾いたふり、調子を合わせるふり。音色がなんとも艶っぽくて素敵。
三味線の音を聞きつつお酒を飲みつつ笑っていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。時間は深夜、誰も明日のことを考えるような無粋せず、むしろそこから加速度的に壊れていく。あるものは三味線をかき鳴らし、あるものは裸足で庭に飛び出し、あるものはネコのゲロ真似をひたすら続ける。あるものという名のみんな、なのだけれど本当にみんな狂ってる。年齢も社会的立場も無視した罵声が飛び交い、罵られる人(年上)はなぜか笑顔。いつのまにか顔にはりついた雪を払いながら「こんな変人たちと知り合えてよかった」と思ったりはしなかったけれど、もしかしたらずっと後でそういうことを考えるかもしれない。
早朝ふと気がつくと、うるさかったその部屋がいつの間にか静かになっていて、その時間もなんだかよかった。具体的にはよくわからないけれど、とにかくよかった。電車が動く時間まで少し寝て、友達と一緒にその「家」を失礼する。先生は気持ちよさそうに寝ていたので、ありったけの座布団をかけておく。ありがとうございます。