横浜トリエンナーレ2005

撮影禁止だったかもしれぬ

http://www.yokohama2005.jp/
昼ごろ山下公園に到着。入場口から本展会場まで続くダニエル・ビュランの三角旗がのっけから予想外に面白い。数千はあるだろう小さな旗が港に吹く風に吹かれてリズムを刻む。バタバタバタバタバタバタバタバタ。とにかくずっと音がする。音がなるということは写真を見てもわからなかった。それだけでも来てよかったな、と思ったりする。そんな音に包まれつつ、前方には紅白の三角旗がすっと向こうのほうまで続いていて、それが揺れている。ユラユラユラユラユラユラユラユラ。ずっとつづくユラユラがとにかく気持ち悪い。そして気持ちいい。視線を下に向けると、コンクリートの地面には太陽が後方から旗を照らしているせいで、旗の影の三角形がみんなそろって会場のほうを頂点にして映っており、まるで会場へ向けられた矢印のよう。僕の前を歩いている人たちは皆そのゆれる矢印にしたがって会場を目指して歩いていく。「なるほろな〜」と、ひとりで静かに興奮しつつ本展会場に向かって僕も歩いていく。
と興奮気味で本展会場入り。あとで思えば、最初の旗で期待を膨らませ過ぎた。自分盛り上げが過ぎた。会場に入っていくつかの作品を見て歩きながら、うまく言葉にならない「?」が重なり、だんだん心配になる。簡単にいえば、その会場の雰囲気をうまく楽しめなかった。心の中で疑問符を重ねながら、そのことになぜか焦りを感じたりもした。貧乏性。
ところが、しばらく会場内を歩いているうちに、ところどころで「!」と思うことが増えてきて、会場に入って一時間くらいしたあたりから、なんだかどんどん面白くなってくる。気がつけばすっかり面白ムードで、昼ご飯も食べずに歩き回っていた。以下、特に印象に残った作品。
屋外に展示されたヴォルフガング・ヴィンター&ベルトルト・ホルベルトのキャリーケースで出来た作品。構造物の中から見ると太陽の光が透過するプラスチックケースの外壁それ自体が発光しているようでキレイ。
カニワに設置された岩井成昭の電話ボックスの作品《波止場の伝言-million mama》。知らない人に向けられた知らないお母さんの言葉が、知らない環境で暮らすその人の今を、なぜかとても身近に感じさせる。前の人が電話ボックスからでたあと、再び電話のベルが鳴りはじめた受話器を取るか取らないかの瞬間がなんともうれしい。そしてメッセージを聞いたあと、受話器を置くか置かないかの瞬間がなんともさびしい。勝手にはじまり勝手に終るメッセージ。最後に感じる「気持ちが現実に置いてけぼりをくらってしまった感」と、受話器を置く時の「置いていかれた現実に追いつくためになにかをふっきる感」が余韻を残す。ファミコンゲーム『MOTHER』の中で、主人公がどこか遠くにいるおとうさんと電話で話したそのあとの「ガチャン ツーツーツー」の、あの感じ。
米田知子+芦屋市立美術博物館+ボランティアクラブ「トマト」の震災から10年の写真の中のある1枚に、なんだかとてもギュッとくるものがあった。床の暗さというか影がなにかとても強い印象でギュッときた。
エスタシオというユニットの作品。絶えず空気を送り込まれてパンパンに膨らんだ半球形のエアドームがとても面白い。丸いドーム状の天井のせいなのか、ドームの中心を挟んで対角線の位置で小さな声で話をしている人たちの声がなぜか自分の耳元で聞こえる。それに気づいてからは映像そっちのけで、頭をいろいろ動かして人の会話の聞こえ方をいろいろためして遊んだり、ほかの人にも気づいて欲しくて、人の周りを歩きながらパシパシ袋を叩いて音を出してみたりする。あのドームにはまた入りたい。
夕暮れ後のナカニワの上映プログラム。野村誠野村幸弘の『アートサーカスの音楽』と『ズーラシアの音楽』。一日の終わりにみたこの映像がこの日一番の収穫。どうにも面白くてうれしくなる。
帰り道、再びビュランの三角旗の下を通って帰る。照明に照らされてオレンジ色に光る旗が、満足しての帰り道にちょうどいいムード。最初は心配したけれど、なんだかんだでけっこう楽しめた。そういう気分で帰れるのは本当にうれしいこと。
帰る途中、横浜駅で下車して高島屋の地下の華正楼で肉まんとあんまんを買う。明日のごはんのつもり。